岡崎市三河山中城跡のアクセスと駐車場そして城内の見どころ

岡崎市の三河山中城跡は、15世紀頃に三河守護代・西郷氏によって築かれた城といわれています。その後、西三河と東三河の境近くにある城として重要視され、松平氏(徳川)、今川氏が入城した歴史があり、徳川家康が三河を治める様になると、重臣・酒井忠次の管理下に置かれた城といわれています。

>>三河山中城の詳細 | ウィキペディア

山中城は三河の山城でも比較的登りやすく、また遺構も分かりやすいので、山城好きの方にはオススメの山城のひとつです。

ではどんな山城なのか?早速チェックしてみましょう!

アクセスと駐車場

まずはアクセスと駐車場をチェック!電車で三河山中城へ行く時の最寄り駅は、名鉄名古屋本線の名電山中駅です。

駅を降りてから徒歩30分ほどで城跡に着きます。住所と地図を貼っておくので参考にしてください。

また車での行き方ですが、これも住所と地図を参考に。あと駐車場ですが、三河山中城には専用の駐車場というものがありません。駐車可能な然るべき場所に駐車して、登城しましょう。

■三河山中城の場所の住所■

岡崎市羽栗町本沢

三河山中城の場所の地図

縄張り図をチェック

まずは三河山中城の縄張り図をチェックしてみましょう。これは本丸の案内看板にある縄張り図です。これを見ると細長いだけの城に見えますが、実際は登って降る、山の地形を歩いて散策する事になります。

ここで注意したいのは、足元はスニーカー(運動靴)などシッカリ固めてから登城したいという事。これは山城に登る時に覚えておきましょう。

三河山中城の登城口。ここから登って行きますが猪除けの鉄柵があります。しかしこの鉄柵は鍵が無く、簡単に開けることができるので、通ったらまた閉めておきましょう。

山の中は遊歩道が整備されて比較的歩きやすくなっています。ちなみに現在の遊歩道は城があった時代のものではなく、ほとんどが大正時代に整備されたものです。

城内は屈折した道が続きます。

山中城の曲輪。人工的な策平地です。城があった時代、ここに兵が駐屯したり武器庫や兵糧庫などもあったのでしょう。

三河山中城の馬出遺構

三河山中城で一番のポイントかもしれない馬出(うまだし)の遺構。 馬出とは城の虎口(こぐち)や城門を守るために築かれた土塁や石塁のこと。

甲斐の武田氏が築いた城でよくみられる防御の遺構ですが、武田氏が関連していない城で見られるとは珍しいですね。

ただ三河山中城は改修を繰り返された城なので、この馬出の遺構もどの時代に築かれたのかはハッキリしていません。

頂上が本丸。二の丸と繋がっており細長い曲輪になっています。石碑や案内看板もココにあります。

本丸の謎の石塔。10年以上前からずっとあります。もしかするとそれ以前からあるのかも。

こちらは本丸からの景色。特徴的なのは現在の県道324号線が一直線に見える事です。

もしかすると旧街道かもしれませんね。ちなみにまっすぐ進むと現在の幸田町方面に抜けます。

本丸の屈折した道。山中城の遊歩道はほとんどが大正時代に整備されたものという事が分かっていますが、こうした屈折した道を見ると虎口に見えてしまいます。

私の感想

私の三河山中城の感想ですが、三河の山城の中でも比較的登りやすいので、山城初心者でも訪れやすい城だと思います。

しかし基本的には山なので、夏は虫もいますから雪が降っていない冬が一番おすすめですね。

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