岡崎城は城下町を取り込んだ総構えの城だった!籠田公園に残る岡崎城総堀の跡

岡崎市康生町の籠田公園に岡崎城総堀(そうぼり)跡の看板があります。江戸時代の岡崎城は城の中に城下町をスッポリと取り入れた総構え(そうがまえ)というタイプの城でした。その城下町を取り囲んでいた堀の一部が発掘調査で出てきたのです。

場所はここ

岡崎城の東北側の堀の一部が今回説明する部分。

>>岡崎城総堀跡の場所の地図

現地案内看板にある古地図で説明するとこうなっています。岡崎城の東の入り口である籠田総門(かごたそうもん)の北の部分です。(古地図だと右が北)

現地看板を見てみると石垣が出土した!みたいに表示されています。でも説明を見てみると、近代に築かれたものと書かれているんです。じつはこれ、総堀跡付近にあった明治時代の料亭の石垣なのです。

説明会に行ってきた!

2018年7月21(土)に発掘調査説明会が現地であり、私も参加してきました。この時にあった説明では、総堀跡から出土した石垣は明治時代の料亭の石垣という事でした。根拠は次のとおりです。

  • 数種類の石が組み込まれていた
  • 積み方が不規則(崩れやすい)
  • 明治期の地図に料亭を確認

私的には総掘の石垣であってほしかったのですが、残念!私の感想ですが、石垣は岡崎城が廃城になってから築かれたものですが、この場所に古地図にも記載されている堀跡が確認できたのは意味がある事だと思います。

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