北条早雲(伊勢新九郎)が攻めた松平信光ゆかりの岡崎市信光明寺

愛知県岡崎市の信光明寺は、岩津城主で松平三代目当主・信光が宝徳三年(1451)、祖父・親氏、父・泰親の菩提を弔うために建立した寺です。

また文亀年間(1501~03)に後北条氏初代・北条早雲(伊勢新九郎)が攻め入り、焼失した歴史もあります。

>>信光明寺の詳細 | ウィキペディア

信光明寺は岩津城跡とセットで巡ることができる寺院です。この記事では信光明寺のチェックしておきたいポイントをまとめてみました。

■信光明寺の場所の住所■

岡崎市岩津町東山47

信光明寺の場所の地図

信光明寺の山門。これは指定文化財ではないのですが、古いものですね。

重要文化財の観音堂。文明十年(1478)に建てられたものです。

この堂は中国から禅宗が伝来すると同時に日本に輸入された、禅宗仏殿という建築様式で作られています。

岡崎市においては、日本建築の重要な一旦を担った建築様式の実例が残されているという点で、貴重な建築物と言えるでしょう。

境内の奥には松平氏の墓所があります。

松平初代・親氏、二代・泰親、三代・信光の墓。

松平氏の墓所は、ここのほかにも松平郷の高月院、そして岡崎市の大樹寺にもあります。

私の信光明寺の感想ですが、ここは岩津城とセットにするのがオススメです。なぜかというと、地理的にも歴史的にも岩津城とつながりが深いからです。

あと私の体験談ですが、信光明寺周辺の道路は細いので、あまり無理な運転はせず、できれば大きな道から入ってくることをオススメします。

途中にはガードレールも無い道があるので、車で訪れる際には、慎重に運転してください。

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