岡崎市に残る三河洞城(ほらじょう)跡は本多忠勝の叔父・本多忠真(ほんだただざね)の居城跡です。
また祖父と父を安祥合戦で亡くした本多忠勝が一時期、叔父・忠真の洞城に身を寄せていた時期があったとおもいわれています。
本多忠真は戦国武将の中ではあまり有名ではありませんが、令和五年(2023)のNHK大河ドラマ・どうする家康で俳優の波岡一喜(なみおか かずき)さんが演じることで話題になりました。
三方ヶ原の戦いで武田軍に敗北した徳川軍の殿(しんがち)となり、家康を無事に浜松城へ逃したエピソードは有名ですね。そんな忠真の居城・洞城跡をチェックしてみましょう。
現状は住宅地
洞洞城跡は岡崎市洞町本郷の額洞寺の北側あたりといわれています。現状住宅地で城の遺構らしきものは残っていませんが、ひとつだけチェックしておきたいものがあります。それが高低差です。
洞城跡の西側が低くなっており、西側から見るとちょっとした崖の上に城があった様に見えます。西側の防御を意識した地形です。私の感想はこの高低差くらいしか洞城跡を偲ぶものが無いので、見学に必要な所要時間は5分くらいだと思います。
三方ヶ原の本多忠真顕彰碑
岡崎市では本多忠真はあまり有名ではありませんが、彼が亡くなった静岡県浜松市の三方ヶ原古戦場には顕彰碑が建っています。
この石碑は明治二十四年(1891)年に第十七代・本多子爵により建立されたものす。碑の題字『表忠彰義之碑』は、徳川家第十六代当主・徳川家達(とくがわいえさと)氏によって書かれています。