徳川家康が本能寺の変後の伊賀越えで上陸したといわれる碧南市大浜稲荷社

徳川家康が本能寺の変後の伊賀越えで上陸したといわれる場所が愛知県碧南市にあります。それが大浜稲荷社です。

なぜ家康はここに上陸したのか?そしてどんな伝承が残るのかをチェックしてみましょう!

大浜稲荷社の場所

まずは大浜稲荷社の場所について。碧南市でも知多半島の半田市に近く、かつては海辺と考えられる浜寺町です。

■大浜稲荷社の場所の住所

碧南市浜寺町2 丁目67番地

>>大浜稲荷社の地図

松平(徳川)氏ゆかりの神社だった

大浜稲荷社を創建したのは、徳川家康の曽祖父(ひいおじいさん)・松平信忠といわれています。

松平信忠は安祥城主(安城市)だったのですが、家督を息子の清康に譲り、かつて三河大浜と呼ばれていた現在の碧南市に隠居しました。その時に稲荷神社を創建したといわれています。

天正十年(1582)に起こった本能寺の変後の伊賀越えには、ルートが諸説あります。

その一説として、徳川家康一行は白子(現在の三重県鈴鹿市)から船で、三河大浜(現在の碧南市)に向かいます。

当時、大浜稲荷社の西側には海で、物見櫓があった稲荷社を通り、家臣・長田重元の館(現在の宝珠寺)に向かったといわれています。

そこで休息を取り、家臣の深溝城主(幸田町)・松平家忠らが来るのを待ち、岡崎城へ帰還しました。

稲荷神社の西側。かつては海だったと伝わりますが、今では埋め立てられて道路になっています。

稲荷神社は西側(海だった)が低いです。境内には松が植えられており、かつては浜辺みたいな場所だったのでしょうか。

私の感想ですが、ここも家康の伊賀越えルートを考える上で、参考にしておきたい場所だと思いました。

見学の所要時間は10分もあれば十分だと思うので、近くの大浜陣屋(羽城)跡や長井直勝の生誕地である宝珠寺とセットで訪れると良いと思います。

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