名古屋市中区矢場町の地名の由来は弓矢の訓練場!三輪神社に残る話とは

名古屋市中区に矢場町という地名があります。名古屋市営地下鉄・名城線の駅もありますし、味噌カツでゆうめいな矢場とんがある場所です。

矢場という地名からして、弓矢に関係するのかな?と思いますが、やはり弓矢に関連した地名なのです。

ではどんな由来があるのか、分かりやすく簡単に説明します。

由来の三輪神社

矢場町の由来となったのが、中区大須3丁目にある三輪神社。周辺には織田信長の父・織田信秀の菩提寺である、万松寺や信長の菩提寺・総見院があります。大須商店街の近くです。

この中に矢場町の地名の由来があります。

■三輪神社の場所の住所

名古屋市中区大須3丁目9−32

>>三輪神社の場所の地図

現地案内看板より。分かりやすくいうと次のとおりです。

・江戸時代に京都の三十三間堂で『通し矢』という競技が行われていた

・全国の大藩が競い合い、最終的に尾張藩と紀州藩が残った

・その結果、尾張藩敗れる(涙)

・その後、尾張藩は明暦二年(1656)に三輪神社に三十三間堂を模した訓練場を作り猛特訓

・それこそスクールウォーズ(←わかる?)みたいに猛特訓

・その結果、星野勘左衛門が10,542本中、8,000本の矢を射通し天下一の座を得た

・その後、三輪神社一帯は【矢場町】と呼ばれるようになりましたとさ

以上です。その現場が中区大須にある三輪神社なのですね。

三輪神社境内には、この事を示す石碑が建立されています。弓矢の的ですね。

あと境内には、幸せのなぜうさぎがいます。これは今回の矢場ネタとは関係ないのですが、かわいいのでついでに載せておきました。

さて、私の感想ですが、この三輪神社は名古屋市中区の大須商店街にあるので、万松寺や総見院とセットで訪れることができる史跡だと思いました。

もちろんランチは矢場とんでw

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