名古屋市熱田区の熱田神宮に楊貴妃の墓といわれるものがあるのをご存知ですか?楊貴妃といえば世界三大美人に数えられる中国の女性。
※他の2人はクレオパトラ7世(プトレマイオス朝エジプトの女王)、ヘレネー(ギリシャ神話の登場人物)
でもなぜ楊貴妃が熱田神宮と関わりがあり、墓といわれるものが存在するのか?この記事では熱田神宮と楊貴妃の関係を説明します。
古代中国から続く伝説
古代中国では東の海に蓬莱(ほうらい)島があり、そこに不老不死の仙薬があると考えられていました。秦の始皇帝も除福という人物を使者として、仙薬探しを命じました。
鎌倉時代後期の渓嵐拾葉集(けいらんしゅうようしゅう)には、熱田神宮がその蓬莱であると書かれています。
またこの事から熱田大神(あつたのおおかみ)が中国に渡り楊貴妃となったという伝説が生まれ、江戸時代の尾張名所図会にも玄宗皇帝の使者が楊貴妃(熱田大神)を迎えに来た図が描かれています。
楊貴妃の墓の場所
では熱田神宮に残る楊貴妃の墓といわれる場所を説明します。その場所は清水社(お清水さま)の社の裏。本殿の東です。また織田信長が桶狭間合戦後、奉納した信長塀の奥。
そして清水社
清水社の看板。ただの墓ではなく、美容にご利益があり三度水をかけて祈願すると願いが叶うなどの言い伝えもあります。
清水社の裏に行くと小川があり、上流を見ると川の真ん中に石があります。これが楊貴妃の墓の一部といわれるものです。
拡大してみた画像。自然石なのか加工石なのかよくわかりませんが特別感はありますね。ちなみに戦国時代の享禄(1529)の古図にも描かれている石で、ずっとこの地に残る石なのでしょう。
私の感想
熱田神宮に残る楊貴妃の墓の感想ですが、伝説レベルの話ですが興味深いものがありました。
また私の感想ですが、熱田大神とは三種の神器の一つでの草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)としてよらせられる天照大神(あまてらすおおかみ)のこと。つまり女性の神様です。 この事から世界三大美人といわれる中国の楊貴妃に結び付けられたのではないでしょうか?
まあ真偽のほどはともかく、熱田神宮を訪れた時には、この楊貴妃の墓といわれる場所にも参拝してみてください。