新城市作手清岳の亀山城は、長篠設楽原合戦の時、長篠城を守っていた奥平氏の元居城だった城です。奥平氏は関東発祥の土豪で、いつの頃か作手にやってきて戦国時代には作手の領主になっていました。いくつか居城を移したものの、その時の居城のひとつが亀山城です。
亀山城は近くにある日本続100名城の古宮城とセットで訪れることができます。この記事では三河亀山城の行き方から城内の見どころまでチェックしてみましょう。
三河亀山城のアクセス
新城市作手の三河亀山城へのアクセス方法ですが、車で行く場合、道の駅つくで手作り村を目指します。ここの裏山が三河亀山城です。ここを拠点に三河亀山城を散策します。
■住所■
新城市作手清岳ナガラミ10ー2
>>道の駅つくで手作り村 | 愛知県の公式観光ガイドAichi Now
周辺の城址
亀山城周辺には4つの城跡が残っています。古宮城址は日本続100名城。塞ノ神(さいのかみ)城址は遺構が色濃く残っています。文珠山(もんじゅやま)城址は武田氏に脅された奥平氏が一夜で築いたという伝説が残る城跡です。
そして亀山城内へ
道の駅つくで手作り村から三河亀山城までの所要時間は徒歩で3分程です。早速行ってみましょう。城の入り口には案内板も立っているので分かりやすいです。
これは入り口にある三河亀山城の鳥瞰図(ちょうかんず)。鳥瞰図とは、簡単にいうと空を飛ぶ鳥からの目線から見たような上空からの図。立体的に亀山城を見ることができます。
こちらは現地案内看板にあった亀山城址の縄張り図。これは真上から見るとこういうアングルになるということですね。北の方向がほぼ同じなので参考になります。
入り口を登ると…おお!何やら遺構が見えてきます。いくつかの堀や土塁、曲輪を経てたどり着く本丸。そしてその前には土橋(どばし)と虎口(こぐち)があり、遺構がハッキリ残っています。
そしてその奥が本丸。城内で一番広い区画です。石碑と案内看板があります。
本丸は土塁に取り囲まれていました。
本丸からの景色。亀山城のふもとを走る国道301号線は、かつての岡崎街道で、右に行くと岡崎や豊田市の松平郷、左に行くと山を降り長篠方面に向かう旧街道です。そして向かいの山には文殊山城(砦)、塞の神城がありました。
こちらは本丸の裏側。あまり来る人はいないと思いますが、堀と土塁が良好に残っています。この他、小さいながらも曲輪や家臣団屋敷跡と考えられる場所などもありました。
亀山城址の注意事項
三河亀山城を巡る時、注意事項があります。それは雪に注意したいということ。三河亀山城がある作手は、標高500mの作手高原にあるので、おなじ三河でも平野部の安城市や刈谷市で雪がなくても、作手に来ると積もっていることもあります。車で来るときには要注意ですね。あと気温も平野部と比べ、2~3度低い時もあるので、冬は防寒対策しておいたほうが無難です。
所要時間と私の感想
三河亀山城の所要時間は、城内のすみずみまで巡って約1時間あればゆっくりできると思います。私の感想ですが、三河亀山城は道の駅つくで手作り村からのアクセスの便利さや、現在に残る遺構の良さからオススメの山城(平山城?)のひとつだと思います。あと続100名城の古宮城から車で5分くらいの場所にあるので、この2城はセットで訪れて見ましょう。