刈谷城を築く前に水野氏の居城だった東浦町の緒川城

 かつての尾張国である愛知県知多郡東浦町の緒川城は、刈谷城を築く前に水野氏が居城にしていた城で、徳川家康の生母・於大の方が生まれた地でもあります。

■緒川城跡の場所の住所■

多郡東浦町緒川古城9−12

緒川城の場所の地図

詳しい緒川城の歴史 | ウィキペディア

 緒川城自体はあまり知られていない城なのですが、水野氏関連の戦国史を調べてみると、尾張国の戦国史の中で、かなり重要な城だった事が分かります。

 では具体的にどんな重要なことがあった城なのかピックアップしてまとめてみました。

・刈谷城を築いた水野氏の前身の城

・家康の生母である於大の方が生まれた地

・織田信長が初めて実戦で火縄銃を使った村木砦の戦いのキッカケの城

・水野氏が知多半島統一の拠点とした城

など。

 特に村木砦の戦いのキッカケになった城という事は、信長公記にも記載されいるので、緒川城は尾張の戦国史にとって、非常に重要な城だと思います。

では、そんな緒川城は、現在どんな状況なのか?現場に行ってみました!

 まずは緒川城の縄張り図から。これを見るといくつかの区画に分かれていたこがよく分かりますね。

 中央の左よりに緒川城があり、家臣団の屋敷、そして高藪城、羽城という別の城もあったみたいです。

 

 しかし現在は住宅地として開発が進み、その住宅地の一角に土塁を残した公園があるのみです。看板と石碑があるだけでも、城巡りの基準になりますね。

 土塁と同じくチェックしておきたいのが、傳通院(伝通院)於大出生地の石碑。徳川家康の生母の事です。

 於大の方は松平氏に嫁ぎましたが、実家の水野氏が織田と手を結んだため、松平家から離縁されてしまいます。その後、坂部城(阿久比町)の久松氏と再婚し、戦国の世を生きた女性です。

 ちなみに現在の東浦町では、於大の方は歴史の有名人というかヒロインになっており、於大の方を主役にした於大祭りが毎年4月に開催されます。

>>於大祭り | 東浦町観光協会公式サイト

 あとチェックしておきたい周辺の城や史跡ですが、同じ町内にある村木砦のほかに、境川の向こうには刈谷城があります。現在は城址公園として整備されていますし、車で約15分くらいの場所なので、セットで巡る事をオススメします。

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