緒川城、刈谷城主・水野家の家紋が沢瀉紋を使う理由が残る東浦町地蔵院

知多郡東浦町の地蔵院はかつての緒川城の近くにある寺院。水野家が沢瀉紋(おもだかもん)を家紋として使う由来が残る寺です。地蔵院は緒川城ふもとを通る師崎街道すぐの場所にあります。戦国時代に活躍した水野信元や水野勝成、そして徳川家康の生母も水野氏ですから、水野一族を語る時にはチェックしておきたい寺院のひとつです。

>>地蔵院の場所の地図

家紋の由来の井戸

境内に入ると水野家の家紋・沢瀉紋由来の沢瀉の井戸があります。

沢瀉の井戸

第三代緒川城主・水野清忠の奥方が子宝を授かるよう、かき地蔵に祈願し、満願の日この井戸の水を汲もうとすると、沢瀉の葉が浮かび、その上に永楽銭が一つ乗っていた。その後、子宝に恵まれ、沢瀉と永楽銭を水野氏の家紋にしたという。

昭和六十一年十一月東浦教育委員会

これが沢瀉

今回の話に出てた水野家の家紋・沢瀉(おもだか)は、中国が原産の植物で日本には平安時代に伝わったそうです。矢じりの様な形で水田や沼地に生え、夏に白い3弁花を咲かせます。

樹齢300年のイブキ

戦国好きにとっては地蔵院は水野家の家紋ゆらいの寺ですが、一般の方にとってはこちらのイブキのほうが興味深いかもしれません。樹齢300だから江戸中期ですね。

うなり石

かつて緒川城址にあった石で、たまに唸る様な音を出しており、地蔵院に移すと出なくなったそうです。戦国時代ゆかりの石なのでしょうか?

私の感想

水野氏は豊臣秀吉や織田信長と同時代に生きた武将をたくさん輩出してますし、徳川家康の生母も水野氏の出身です。その水野氏の家紋の由来となったのが地蔵院の沢瀉の井戸なので、ここは武将や戦国時代に興味がある方には特にオススメ。

また電車で緒川城址に行く時、最寄り駅であるJR緒川駅から城に向かう導線上にあるのでセットで楽しめると思います。

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