織田信長と清洲城の坂井大膳が争った萱津の戦いの現場に残る萱津古戦場の碑

愛知県あま市の萱津(かやづ)古戦場は、織田信長が清洲城主になる前、敵だった清洲城の坂井大膳との萱津の戦いがあった現場です。現在では石碑が建立されています。

>>萱津古戦場の石碑の地図

現地の解説

天文二十年(1551)八月十六日当時、主人筋の斯波氏を滅ぼして清洲を占拠していた織田彦五郎信友と那古野城主・織田上総介信長との両軍が決戦を挑んだのが此のあたりで双方五十余の死者を出しその後、二十余ヶ処の塚として村民から手あつく祀られていたが、今度区画整理を行うにあたり事業完成を記念しここに一処に統合する事にした。

昭和三十五年十月吉日建立

上萱津土地改良

現地の案内を見ると、この周辺に戦死者を祀った塚が20数カ所あったみたいですが、区画整理でその場所もわからなくなりました。この区画整理で塚が無くなるという事例は碧南市やら日進市、東浦町やら、各地で見られます。

ちなみにこの石碑ですが、上萱津区自主防災倉庫の横にひっそりと建っています。

かつての古戦場

石碑がある場所は閑静な住宅地になっています。古戦場の雰囲気を感じるのは萱津神社前、五条川あたりでしょうか。川を挟んで対峙していたのかもしれません。

萱津神社の前を旧鎌倉街道が通っています。街道はかつての軍道でもあるので、進軍しやすいこの辺が古戦場になったのでしょう。

私の感想ですが、萱津の戦いは信長公記にも記載がある合戦なので、その現場に石碑が建立されているのは嬉しかったです。信長の尾張統一に向けての戦いのひとつなので、信長が好きな方は是非、チェックしてみて下さい。

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