幼少の加藤清正が鬼の面で盗賊を退治した逸話が残る津島市清正公社

津島市上河原町の清正公社は加藤清正が幼い頃に盗賊を退治した逸話が残る史跡です。

■清正公社の住所■

津島市上河原町6

>>清正公社の場所の地図

なぜ津島?

加藤清正は尾張中村(現在の名古屋市中村区)生まれですが、清正が数え三つの年に父の清忠が亡くなります。そして永禄九年(1566)、清正が5才の時に母と共に叔父が住んでいた現在の津島市上河原町に寄寓(きぐう)しました。寄寓(きぐう)とは一時的によその家に身をよせて世話になるという意味です。

ある夜。叔父の家に盗賊が押し入りました。叔父夫婦は盗賊によって縛られましたが、清正は鬼の面を被ってつづらに隠れました。盗賊らは重いつづらを財宝だと思い込み、持ち去って逃げます。そして離れた場所でつづらを開けると、鬼の面を被った清正が飛び出し、驚いた盗賊たちはその場から逃げ去りました。以後、盗賊たちは2度と姿を見せなくなりました。

叔父さん家

その清正の叔父の家があったといわれる場所に加藤清正を祀る清正公社が建立されています。

境内の奥には鬼の面が!実は津島にはかつて今回紹介した清正の逸話がゆかりとなった鬼祭が行われていました。現在では祭りは無くなりましたが、以前に使われていた衣装や鬼面は残っており、清正公社に残されています。

私の感想

私の津島市清正公社の感想ですが、清正は私も好きな武将のひとりでもあり、津島にも加藤清正のエピソードが残されているので嬉しく思いました。また近くには清正が手習い(勉強)していた妙延寺(みょうえんじ)もあるので、セットで訪れるのも良いと思います。

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