秀吉に仕えた蜂須賀小六正勝の生誕地・あま市蜂須賀城跡

あま市(旧美和町)蜂須賀の蜂須賀城跡は、豊臣秀吉に仕えた蜂須賀小六正勝の生誕地です。

秀吉の腹心として有名な蜂須賀小六は、現在の愛知県あま市の出身。物語では盗賊の親分として語り継がれている人物ですが、実はそんな事はなく、この地に勢力を持った国人(豪族)でした。(武功夜話では川並衆という木曽川の水運業者)

地名がそのまま蜂須賀なので、ここはまさに蜂須賀氏の故郷みたいな場所です。

■蜂須賀城跡の場所の住所■

あま市蜂須賀北本郷1343−1

>>蜂須賀城跡の場所の地図

蜂須賀小六の顕彰碑

蜂須賀城跡の碑の後ろには蜂須賀小六正勝公碑があります。かなり大きな石碑で建立されたのは昭和二年(1927)。

石碑の裏には『時は人を作り人また時を作る…』という名調子で始まり、次のようなことが記載されています。

・蜂須賀小六正勝が織田信長に士官したこと

・墨俣一夜城の築城に対する功績

・秀吉の家臣となり龍野城主(兵庫県たつの市)になったこと

・秀吉の出世には小六の働きがあり、何より領民から慕われていたこと

11月6日に行われた除幕式には、小六の子孫である蜂須賀正韶(まさあき)・正氏(まさうじ)父子臨席のもと、盛大に挙行されたそうです。

蜂須賀城跡の奥に蓮華寺があり、案内看板には蓮華寺と蜂須賀小六正勝、家政親子のことが書かれています。

蓮華寺本堂。大きく立派な本堂です。

蓮華寺そして蜂須賀城跡周辺。濃尾平野なので見渡す限り平地です。

蜂須賀小六正勝公舊宅阯の石碑

蜂須賀城跡から南に約60mほどのところに圓龍院がありますが、この前に蜂須賀小六正勝公舊宅阯の石碑があります。

舊宅の読みは、きゅうたくで、以前に住んでいた家という意味です。

蜂須賀城跡の石碑からあまり離れていない場所なので、ここまで蜂須賀城の規模なのか、または城とは別の屋敷があったのでしょう。

>>蜂須賀小六正勝公舊宅阯の石碑の地図

蜂須賀小六のこぼれ話

岡崎市矢作橋に蜂須賀小六と子供の頃の豊臣秀吉の石像があります。江戸時代のベストセラー絵本太閤記の名場面の一部で、2人は矢作橋で出会ったという設定になっており、この石像が建立されました。

>>岡崎市矢作橋にある豊臣秀吉と蜂須賀小六の出合いの像

タレントの釈由美子さんは蜂須賀小六正勝の子孫といってます。「釈」の姓について、釈とは僧侶の通称であり、正勝の末裔(まつえい)が出家して四国に渡った際に「釈」に改名したと主張しています。

私の感想

私の蜂須賀城の感想ですが、ここは有名な蜂須賀小六の生まれた生誕地ということで、戦国好きの方は一度は訪れておくことをオススメします。

またあま市は豊臣秀次、福島正則、芳春院(前田利家正室:おまつの方)の出身地で、それぞれゆかりの場所もあるので、セットで訪れるとまとめて楽しむことができます。

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