日置城址は平安時代の日置荘の拠点で戦国時代は織田寛定、織田忠寛の居城

名古屋市中区松原1丁目の日置城址は平安時代から続く城で戦国時代には織田寛定、織田忠寛の居城となりました。現在は松原緑地になっています。

■日置城址の住所■

名古屋市中区松原1丁目

>>日置城址の場所の地図

現地看板

 松原緑地

 この場所は古くから人々に『くすのきさん』と呼ばれて敬い親しまれてきました。太平洋戦争の戦災により、幹の部分が焼けて枯れてしまいましたが、樹木の生命力の強さににより、根元からひこばえ(根元から出てきた芽のこと)が成長してみどり豊かな景観が再現されました。このような貴重な緑を残そうという地域住民の方々をはじめとする多くの方々の熱意により保存することになりました。

 名古屋市

参考

(松原)一丁目の西脇公園のすぐ西の小さな丘の上に、大きなクスノキがある。これは、弘法大師が植えた木といわれる。戦国時代に、織田信長が出陣のとき、戦勝を祈ったという大クスノキである。

 平成四年名古屋市発行『なごやの町名』から

高低差がスゴい!

日置神社は城址の遺構は残っていませんが、その高低差はシッカリとチェックしておきたいです。まず西側は堀川でガクンと低く、その手前にあるコメダ珈琲店 日置橋店の駐車場から日置城址を見ると高い地形になっているのが分かります。これは名古屋台地の地形です。

近くの道路から見てもその高低差は分かります。東(台地の上)は高くなってて、西の堀川側から見ると緩やかに上っている、つまり高くなっているのが分かります。この道路の坂道も名古屋台地上に上がっているワケなのですよ。日置城は台地の上に築かれた城だったのです。

古地図散歩 時代を重ねるマップの色別標高図で日置城周辺の高低差を確認してみます。すると西に向けて大きく下がってます。熱田台地のヘリに築かれていました。

所要時間と私の感想

日置城址の所要時間と言っても、遺構はなく周辺の高低差を体感するくらいなので10分ほどです。私の感想ですが、ここも名古屋台地の高低差を活かした作りになっている城だと思いました。このクスノキの樹齢は1千年ともいいますから、これからも残してほしいものです。

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