名古屋市天白区の秋葉山慈眼寺は永禄三年(1560)の桶狭間合戦時、織田信長が戦勝祈願をした寺といわれています。
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秋葉山慈眼寺
曹洞宗。当寺縁起によれば、大同四年(809)京都御所炎上の折鎮火祈願のため京へ上った遠州秋葉山の三尺坊尊が、帰路当地に立ち寄り創建したとある。永禄三年(1560)織田信長が桶狭間の戦いのとき、この寺に祈願して勝利を得たので、三尺坊尊の尊像を寄進したといわれる。幕末から明治にかけて修験霊場として信仰を集め、今も毎年十二月十六日には、火渡り神事が行われている。
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織田信長が桶狭間合戦の時に戦勝祈願をしたといわれる寺社は、熱田神宮(源太夫社:上知我麻神社)だけではなく複数あって、そのうちのひとつがこの慈眼寺です。
街道沿いにあった
秋葉山慈眼寺の前は旧岡崎街道が通っています。岡崎街道は徳川家康が整備させた街道といわれていますが、おそらくゼロから作ったのではなく、もとあった何かの街道を整備して岡崎街道を作っているでしょう。すると織田信長も桶狭間に向かう途中にこの街道を通ったのでしょうか?
現在は県道56号線になり、東郷町の祐福寺を経由してそのまま三好市の福田に抜けます。三河に向かう街道です。また慈眼寺近くからは日進市に向かう飯田街道、そして赤池城を経由して岩崎城方面に向かう平針街道などもあり、この地は交通の要所だと思いました。