城砦も記載がある名古屋市南区笠寺町の東海道分間延絵図の場所と感想

名古屋市南区笠寺町の東海道沿いに城巡りや戦国史跡が好きな方にオススメのモニュメントがあります。それが東海道分間延絵図(とうかいどうぶんけんのべえず)です。

東海道分間延絵図とは江戸時代に徳川幕府が東海道の様子を知るために、道中奉行に命じて作らせた全13巻に及ぶ絵地図です。文化3年(1806)頃に完成し、原本は現在、東京国立博物館に所蔵されています。

その一部である有松宿(名古屋市緑区)~宮宿(名古屋市熱田区)の部分が拡大されて県道沿いに展示してあります。

さて、この東海道分間延絵図は街道ウォーカーの方はもちろん、戦国時代や城巡りファンも要チェックな絵図なのです。

■東海道分間延絵図の場所の住所■

名古屋市南区笠寺町柚ノ木40−1

>>東海道分間延絵図の場所の地図

笠寺村

ではどんな記載があるのか東海道分間延絵図をチェックしてみましょう!まずは笠寺村。現在の名古屋市南区笠寺町です。徳川家康と織田信長の兄・織田信広の人質交換が行われた笠寺観音(笠覆寺)があり、名古屋市内の東海道で唯一現存する笠寺一里塚があります。

↑現在の様子。閑静な住宅街です。

天白川

現在では名古屋市緑区と南区の境になっている天白川(てんぱくがわ)。戦国時代には遠浅の海の様な広い範囲の川(浅瀬?)でした。これが鳴海城のふもとまで広がっていたのです。

熱田神宮周辺

笠寺を東海道沿いに西へと進むと、東海道最大の宿場、宮宿(みやしゅく)に到着です。現在熱田神宮がある場所です。

この東海道宮宿は東海道、美濃路(みのじ)、佐屋街道(さやかいどう)の宿場でもあり、船で桑名宿(三重県桑名市)に向かう七里の渡(しちりのわたし)もあり、多くの人達で賑わっていました。遠くに名古屋城も見えます。

戦国の砦跡も

東海道分間延絵図をよく見てみると、戦国時代の城や砦の跡も描かれていることに気が付きます。画像は丹下砦(たんげとりで)。

永禄三年(1560)の桶狭間合戦の時、織田信長が入った織田軍の砦で守将は水野帯刀という武将でした。

↑こちらは中島砦跡。手越川と扇川の合流地にあり、織田信長が今川義元本陣に向けて入った最後の砦です。織田信長の一代記・信長公記にはもともとここには村があり、それを改造して砦にしたとあります。

江戸時代には東海道鳴海宿の一部として取り込まれて民家が建っていますね。現在民家の裏庭みたいなところに中島城址(中島砦跡)の石碑が建立されています。

↑詳細不明の砦跡も記載されています。それが山口海老之丞砦跡と岡田助三郎砦跡です。笠覆寺(笠寺観音)の南にありました。江戸時代に砦と築く必要は無くなっていたので、丹下砦や中島砦みたいに戦国時代の砦跡なのでしょう。

私の感想

私の東海道分間延絵図の感想ですが、戦国時代が好きな人、江戸時代が好きな人両方楽しめるモニュメントだと思いました。

ただひとつ残念なのが、この東海道分間延絵図を見るための駐車場が無いので、歩いて訪れるしか方法がありません。ちなみに私は名古屋市南区の城巡りや東海道ウォークの時に訪れました。

見どころが沢山あり、近くのファミマ(コンビニ)でコーヒーでも買ってくれば、30分とか普通に過ごせそうなスポットです。

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