那古野城主・今川氏豊に仕えた大秋十郎左衛門の大秋城址

名古屋市中村区の大秋城址は、戦国時代に那古野城主だった今川氏豊に仕えた大秋十郎左衛門の居城といわれています。

■大秋城址の住所■

名古屋市中村区大秋町2丁目

>>大秋城址の場所の地図

那古野城主とは?

那古野(なごの)城は、現在の名古屋城二の丸あたりにあった城で、駿河の今川氏によって築かれたといわれています。その城主が今川氏豊で今川義元の弟といわれている人物です。つまり大秋城の大秋十郎左衛門は尾張の土豪ならが、今川氏に付いていたということになります。

その後、那古野城主の今川氏豊は織田信秀(信長の父)に追放されますが、大秋十郎左衛門はその後も大秋城にいたみたいなので、この時点で織田氏に従ったのかもしれません。

そして城跡

大秋城址は現在、大秋八幡社になっており、城の遺構は残っていません。あと境内に松尾芭蕉の句碑が残っています。

城跡や 古井の清水 まず訪はむ

この句は大秋城ではなく、岐阜城を詠んだものです。松尾芭蕉が岐阜城を訪れた江戸時代には、すでに廃城となっていました。しかし古井戸は残っており、それを詠んだものでしょう。

私の感想

大秋城の所要時間は石碑の写真撮るくらいなので5分です。私の感想ですが、大秋城の遺構は残っていないものの、注意したいのが今川氏に付いてた土豪の城という点。その理由は桶狭間合戦前の今川氏の尾張における勢力範囲を知ることができるからです。そう考えるとこの大秋城も桶狭間合戦に繋がります。

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