犬山市尾張羽黒城址の御城印と見どころそしてアクセス方法

愛知県犬山市の尾張羽黒城城址は、鎌倉幕府を開いた源頼朝に仕えた重臣・梶原景時の孫、梶原景親が築いた城です。

>>羽黒城の歴史 | ウィキペディア

戦国時代も梶原氏の居城でしたが、小牧長久手の戦いで羽柴秀吉軍の山内一豊、堀尾吉晴、伊藤祐時らが廃城になっていた羽黒城を砦として再利用したという記録があります。

アクセス方法

羽黒城の行き方を説明します。まずは電車でのアクセス方法です。電車でアクセスする場合、名鉄小牧線・羽黒駅が最寄り駅なので、羽黒駅を目指します。羽黒駅に着いたらそこから羽黒城址まで約500mほどです。徒歩での所要時間は約10分ほど。

車でアクセスする場合は、羽黒城址の北にある磨墨塚史跡公園(するすみづかしせきこうえん)の駐車場を利用すると便利です。

■磨墨塚史跡公園の場所の住所■

犬山市羽黒摺墨11

>>磨墨塚史跡公園の場所の地図

周辺をチェック!

羽黒城址の周辺をチェックしてみます。まず西側に梶原氏の菩提寺である興禅寺。北側に磨墨塚史跡公園。東を通る県道27号線が江戸時代に名古屋~犬山を結んだ稲置街道(いなきかいどう)です。

どんな城だった?

今では城跡となった羽黒城址ですが、かつてはどんな城跡だったのか?時代と梶原氏の所領の規模から考えてみます。まず天守閣や石垣などはなかったでしょう。地域の有力者の居館を堀と土塁で防御した館城(やかたじろ)というタイプの城だったと思います。

↑これは江南市の宮後城。蜂須賀小六の息子で初代徳島藩主・蜂須賀家政が生まれた城です。この様に館の周辺に堀、土塁があった程度だと思います。

城の中心部分と考えられる場所は高台になっており、そこに羽黒城址の石碑が建立されています。しかしこの高台は古墳なのです。

周辺は濃尾平野、つまり広い平地です。古墳は高台になっているので、もしかすると物見台みたいな感じで利用されていたのかもしれません。

古墳の上に城や砦が建っているケースは愛知県の城でも他にいくつかあります。

高台(古墳)の上に建つ羽黒城址の石碑。

石碑が有る高台(古墳)の反対側には堀跡と思われる窪みもあります。

稲置街道

羽黒城址の東を走る県道27号線は、江戸時代に名古屋~犬山を結んだ稲置街道(いなきかいどう)です。

江戸時代の街道なので羽黒城が廃城になった後?と思いがちですが、江戸時代の街道はそれまでそこにあった街道を再整備して作られているケースがほとんど。

だからこの稲置街道もベース(元)になる何かの街道を整備して作られたと思います。

北に行くと国宝・犬山城の城下町。南に行くと名古屋城の城下町に着きます。

羽黒城の御城印

羽黒城の御城印の販売場所は城跡に隣接する興禅寺です。料金は以下のとおりです。

・羽黒城御城印 300円
・興禅寺御朱印 300円
・2枚セット  500円

私は2枚セットを買いましたw

所要時間と私の感想

羽黒城址の所要時間は約20分もあれば一通り見ることができると思います。

私の感想ですが、羽黒城址だけではなく、周辺にある梶原氏の菩提寺・興禅寺、そして名馬で有名な磨墨(するすみ)を祀った磨墨塚もセットにすると歴史史跡巡りの満足度もアップすると思います。

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