幸田町に残る岡崎三奉行のひとり天野康景の屋敷跡(坂崎城跡)

額田郡幸田町坂崎にある神明社は、戦国武将で徳川家康に仕えた岡崎三奉行(三河三奉行とも)のひとり、天野康景の屋敷があった場所です。別名・坂崎城跡。

岡崎三奉行(三河三奉行)とは、徳川家康が桶狭間合戦で今川家から独立し、まだ三河にいた頃。天野康景、高力清長、本多重次の三人を三河の奉行に任命し、民政、訴訟等を担当させたことでこの名称がついたとか。

またこの3人は性格もそれぞれ違っており、「仏高力、鬼作左、どちへんなきは天野三郎兵衛」(清長は仏の様におおらかで寛大、重次は鬼のように剛毅、康景は慎重で無難)と評価され、バランスが良い奉行衆といわれていました。

そんな天野康景は現在の額田郡幸田町の出身。生誕地は坂崎城という城で、この地の豪族の息子だったというワケです。

では、その坂崎城跡はどうなっているのか?現地レビュー行ってきます!

■坂崎城跡の場所の住所■

額田郡幸田町坂崎平蔵脇95

>>坂崎城跡の場所の住所

城址は現在、神明社になってます。神社の入り口のところに地元の方でしょうか?天野康景の活躍について展示があります。

入り口中央にある天野康景邸阯の石碑。

石碑の裏側には古い墓、五輪塔がありました。誰の墓か記載は有りませんが、天野氏関連の墓かもしれません。

神社本殿の隣りには、参拝の時手を洗う手水鉢がありますが、横をよく見ると井戸があり、ここから水を引いてます。

もしかすると天野康景時代からの井戸かもしれません。

次に神社の周辺をぐるり。入り口がある南側、そして東側から見ると平坦な地形に思えますが、西側(画像)から見ると神明社が少し高い場所にあることが分かります。城の高低差かも知れないですね。

さらに北側に行くと、神明社が更に高い場所に、というか北側が下がっている地形です。この様な高低差も城を偲ぶ材料になります。

周辺の様子。田畑が広がっています。かつては城下町などもあったのでしょうか?

所要時間と私の感想

天野康景邸阯(坂崎城跡)の所要時間は10分もあれば、一通り見て周る事ができると思います。私の感想ですが、天野康景はマイナーな武将の様に思えますが、三河三奉行と聞くと有名人に入ると思うので、徳川家臣団に興味がある人は訪れておくのも良いと思いました。

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