安祥城は女性で落した?松平信光の城攻めの奇策とは

歴史を調べていますと、女性に関する資料って、男性に比べてかなり少ない事が分かります。

しかし歴史の影で、女性たちの働きによって大きく流れが変わることって結構あったりします。

信長の妹といわれる【お市】、その娘・【江】、彼女たちはその身の振り方ひとつで戦を回避したり、自分の家を有利にしたりと活躍した女性でもあります。

また九州の大友家家臣・吉岡鑑興(よしおか あきおき)の妻・妙林尼(みょうりんに)は、夫亡き後、侵攻してくる島津軍に徹底交戦し、16回敗走させたとか。

しかし矢弾付きて降伏しますが、それでは終わらないのが彼女のスゴさ。

妙林尼は徹底抗戦していた島津軍を歓待し、酒や食事、また美しい次女達に接待させて、この間まで敵だった島津軍とすっかり仲良くなってしまいます。

やがて島津軍は薩摩に凱旋するために帰りますが、この時、妙林尼は待ち伏せして島津軍を攻撃。この時に島津軍を壊滅状態にさせています。

その後、秀吉にこのことを絶賛されて面会を望まれますが、その後、どこかへ消えてしまうんですね。

島津軍は勇猛で知られていますが、この時ばかりは女性の色気に翻弄されてしまったという事です。

なんか分かる気もします。

さて、愛知県にも女性たちの活躍によって落城した城の話があります。

それが愛知県安城市ある【安祥城】。

松平氏(後の徳川氏)ゆかりの城です。

もともとこの安祥城は、畠山照久(熊谷直教とも)の居城でした。

松平氏(徳川氏)は岡崎城を拠点としたのが有名ですが、もともとは現在の豊田市の山奥から発祥したといわれており、勢力拡大と共に平地へ侵出してきたのです。

これはその松平氏が安祥城を攻める時のオハナシで、家康のはるか先祖・松平三代当主・信光の時代のこと。

ある月夜。

安祥城の西で若くてキレイな女性達が輪になって踊っていました。

城兵達は気になり城を出て女性達の踊りを見に行きました。

さらには城の中から武士達も鉦や太鼓を持って駆けつける始末。

その時!

松平勢が城へ攻め入り、手薄となった安祥城はたちまち落城。

城主は降伏し、安祥城は松平氏のものとなりましたとさ。

以上が地元に伝わる安祥城落城のオハナシですが、これとは別に女性ではなく【念仏踊り】で敵を引き付けたという話もあります。

ともあれ、松平信光が力攻めではなく何らかの策で安祥城を落としたらしく、こんなエピソードが残ったんですね。

でも、城の任務忘れて踊る女性達が気になり、それが落城のキッカケになるとは…

いつの時代も…オトコってさ…

現在、その安祥城は、城址公園になっています。

井戸跡や遺構も残り、博物館もあって無料パンフも置いてありますので、是非チェックしてみましょう。

>>安祥城の見どころポイント

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