北名古屋市沖村城址は信長の一番家老だった林秀貞(道勝)の居城跡

北名古屋市の沖村城址は織田家家老だった林秀貞(林通勝)の居城跡です。別名・沖城。現在では光明山松林寺になっています。

■沖村城址の住所■

北名古屋市沖村西ノ郷

>>沖村城址の場所の地図

信長の一番家老

林秀貞の林家は代々織田家に仕え、信長公記によると信長が生まれた時、4人の家老が信長に付けられましたが、秀貞が信長の一番家老になっています。(ちなみにこの時、平手政秀は二番家老)。

しかし若い頃の信長の振る舞いに手を焼き、信長を廃して弟の勘十郎信勝(信行)の擁立する動きを見せましたが、弘治二年(1556)の稲生合戦で信長に敗北。織田家家老の地位は安堵されるも、天正八年(1580)になってからこの事を蒸し返され織田家追放になり、ほどなく世を去りました。そんな秀貞の尾張時代の居城が沖村城です。 

そして現地

松林寺境内に沖村城の石碑が建立されていますが、城時代の遺構は全く残っていません。また城はこの地より50mほど北にあったともいわれていますが、住宅開発でよく分かりません。

私の沖村城址の感想ですが、遺構は残っていませんが、歴史的に有名な林秀貞(林通勝)の城跡なので、この地の土豪という事を知る上で大事な場所だと思いました。所要時間は石碑の写真撮るくらいなので5分ほど。周辺の城跡とセットで巡るとよいでしょう。

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