愛知県知多郡美浜町にある大御堂寺(野間大坊)には、鎌倉幕府を開いた源頼朝の父である、源義朝(みなもとのよしとも)の墓があります。令和四年(2022)NHK大河ドラマ・鎌倉殿の13人で大泉洋さん演じる源頼朝は有名になりましたので、その父の墓はてっきり鎌倉にあると思われています。
でも源義朝の墓は美浜町の野間大坊にあるのです。その理由と場所とアクセス方法を簡単に説明します。
源義朝の墓がある理由
平治の乱(1160)で敗れた源義朝は再起を図るために東国に戻ろうとします。その途中、年来の家人であり、鎌田政清の舅でもあった長田忠致(ただむね)、景致(かげむね)の領地・尾張国野間(美浜町野間)に身を寄せます。
しかし長田忠致,景致父子は義朝の首は恩賞になると思い、正月の初湯に招いて湯殿(風呂場)で殺害します。この時に義朝は『木の太刀がひとつあればこの様なことにはならなかった…』と言って絶命しました。その後、義朝の供養のために整備された墓に木刀を模した木の札を奉納する様になりました。
これが現在の源義朝の墓。墓の周りに木の札が奉納されています。ちなみに平成二十四年(2012)のNHK大河ドラマ・平清盛の撮影が始まる前、源義朝役の俳優の玉木宏さんは、この義朝の墓に参拝されたそうです。
■源義朝の墓の住所■
知多郡美浜町野間東畠ケ4−2
首を洗った血の池
墓の近くにもうひとつ義朝のスポットがあります。それが首を洗ったといわれる血の池。私はもう何度も野間大坊に来てこの血の池を見ていますが、いつ来ても水を湛えています。たぶん湧き水なのでしょう。また国に変事が起こると池の水が赤くなるといわれています。
■血の池の場所の住所■
美浜町野間東畠ケ64−1
私の感想
私の感想ですが、鎌倉幕府を開いた源頼朝は教科書にも出てくる有名人ですが、その父である源義朝の墓が美浜町野間大坊にあるのは意外でした。この辺は教科書では教えてくれないので、地元での史跡めぐりの収穫ですね。