織田信長が元服した名古屋市中区古渡城

名古屋市中区の古渡城は織田信秀の居城で、信長が元服した城です。

織田信秀は今川氏豊の那古野城を奪い、息子の信長に与え、自身は天文三年(1534)に古渡城を築き移りました。

吉法師と名乗っていた信長は、天文十五年(1546)にこの古渡城で13歳で元服します。

信長公記によると、当時の織田家家老だった林秀貞、平手政秀、青山与三右衛門、内藤勝介らがお供をして、古渡城へ行き、吉法師は織田三郎信長と名乗る事になりました。

ちなみにこの時の酒宴と祝儀は、ひとかたならぬ(並々ではない)ものでした。

その後、信秀は末盛城(名古屋市千種区)を築いて移ったため、古渡城は廃城となります。

現在では真宗大谷派名古屋別院の敷地内に古渡城跡の石碑が建っており、また名古屋市教育委員会の案内看板もあります。

自由に拝観できますが、基本、ここはお寺なので、静かに拝観させてもらいましょう。

周辺は開発が進み古渡城の遺構も残っていないかと思いきや、名古屋別院の隣りに古渡城の遺構が残っています。

名古屋別院の隣りに下茶屋公園がありますが、公園内の池は、かつての古渡城の堀跡を利用して作られたものと伝わります。

ちなみにこの下茶屋公園は、旧東本願寺別院・新御殿の後庭があった場所です。

江戸時代にはすでに庭園になっており、堀跡といわれている池以外には古渡城の遺構は残っていないものの、池も周辺から見ると2mくらい深い場所もある事から、中に入ってみると(水がない部分)堀の雰囲気を楽しめます。

私の感想ですが、古渡城は織田信秀ゆかりの城なので、織田家が好きな人はチェックしておいた方が良いと思いました。

また名古屋市営地下鉄の名城線・東別院駅が最寄り駅で歩いて訪れる事もできるので、地下鉄での史跡散策にもスポットにできますね。

また東を走る国道19号線には、古渡町という、古渡城ゆかりの地名の信号があります。

■古渡城の住所

名古屋市中区橘2丁目8−16

古渡城の地図

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