日進市の岩崎城の散策見どころと城巡りのポイントまとめ

 愛知県日進市の岩崎城の見どころポイントをまとめてみました!歴史からアクセス、そして城巡りに行った時の見どころなどチェックしてみましょう!

5分で分かる岩崎城の歴史

 岩崎城は勝幡城の支城として築かれ、織田信秀の家臣・荒川頼宗が守っていたのですが、享禄二年(1529)頃、当時織田氏と敵対していた三河国岡崎城主・松平清康(徳川家康の祖父)に攻められ落城。松平氏の支配下になります。

 しかし天文四年(1535)に起った【森山崩れ】により清康が死去すると、松平氏の勢力は岩崎城から後退。その後、松平氏に属していたこの地の土豪で本郷城主の丹羽氏清が移り住み、四代にわたり岩崎城主として戦国時代を生き抜きます。

 岩崎城が歴史の表舞台に出るのは天正十二年(1584)の小牧長久手の戦いです。

 当時・岩崎城主の丹羽氏次は家康に味方しており、手勢を率いて小牧山におり、留守を弟で傍示本城主(ほうじもとじょうしゅ:現在の東郷町)の丹羽氏重が守っていました。

 その後、池田恒興ら1万7千人(諸説あり)が三河中入りという岡崎城を攻める作戦を行いますが、その時、岩崎城から丹羽氏重らが弓、鉄砲で池田恒興軍を攻撃します。そして池田隊は岩崎城を攻める事に。

 岩崎城の籠城兵は300人、攻める池田隊は約7千。結果は最初から見えており、岩崎城では299人が討死し、池田隊は約1000人の戦死者を出しながら岩崎城は落城します。

 しかしその間、徳川家康が池田恒興らの三河中入り隊を背後から急襲、そのまま長久手合戦に突入し、池田恒興、森長可らは討死。羽柴秀吉が大軍で救援に駆けつけるも家康は小牧山に引き返します。

 これが小牧長久手合戦で唯一の大きな戦で、そのキッカケとなったのが岩崎城なのです。

 その後、岩崎丹羽氏は関ヶ原合戦の功績で三河伊保(豊田市)に転封。この時に岩崎城は廃城になりました。

岩崎城の行き方

岩崎城は電車&バスで訪れる事もできますし、駐車場もあるので車で来る事も出きます。そんな岩崎城のアクセスはこちら!

>>電車、バス、車で日進市の岩崎城へのアクセス方法と駐車場の場所と料金

これが岩崎城史公園

 かつて激しい攻城戦が行われた岩崎城ですが、江戸時代は廃城になっており、当時の遺構が色濃く残っています。そしてその遺構を利用して岩崎城址公園が整備されました。

 名古屋城などは軍学上の城で、実際には城攻めがあった城ではありません。しかし岩崎城は攻め手と守り側合わせて約1,700人近い戦死者を出した城です。

 その戦国の城はどうなっているのか?城内と周辺をチェックしてみましょう!

城内

 まずは二の丸。本丸の南側を守る曲輪(くるわ)です。現在では庭園として整備されていますが、本丸とつなぐ土橋や周辺にはうっすらですが土塁も残っています。

 駐車場からこの二の丸を見ると高い位置にある事もわかります。

 本丸の櫓台。城内の一番高い場所です。現在では建物はなく石碑が建立されています。個人的にはこの櫓台の下にある空堀の遺構がすごく好きで、天正十二年(1584)年に岩崎城が攻められた時も、この櫓台周辺で攻防が繰り広げられたのでしょう。

 そしてここですよ、櫓台下の空堀。駐車場や本丸からこの空堀まで入れるようになっています。たまに階段とか崩れて進入禁止になったりしますが基本入る事ができます。

 現在では一番低いところから櫓台の一番高いところまで5mくらいありますが、当時はもっと深かったのでしょうね。

井戸跡。水の手ですね。現在岩崎城では二ヵ所の井戸跡が発見されており、ひとつは本丸にあり、もうひとつは西ノ丸にあります。

 被葬者不明の古墳跡。発掘調査の時に出てきました。丹羽氏がこの古墳の事を知って在城していたのかどうかは分かりませんけど。

 そういえば岩崎城近くの白山神社にも古墳跡がありますが、これからわかる事は戦国時代よりはるか以前、この地に集落があり、権力者もいたという事ですね。

 隅櫓跡。発掘調査の時に礎石が出てきました。倉庫もしくは兵糧庫みたいな建物があったのでしょう。

資料館もチェック!

 岩崎城には資料館もあります。入館無料なので是非チェックしておいてください。中は古墳時代から戦国時代までの岩崎城と周辺の展示があります。また甲冑試着体験もここで受け付けています。

【開館時間】 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

【休館日】
・毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は会館)
・12月28日~1月4日

 館内の銅像は戦国武将・丹羽氏重(にわ うじしげ)。天正十二年(1584)年の小牧長久手の戦いで岩崎城が攻められた時、城を守っていた武将です。当時16歳で病に臥せっていましたが、敵方の池田軍と戦い討死した武将です。

 1人1部限定の無料パンフ。これは是非チェックしておきたい資料です。岩崎城の事が詳しく書かれており、私も保存用として持っています。

 あと窓口の隣りに販売書籍があるのですが、その中でも私がオススメなのは【岩崎城の戦】です。著者・竹田茂敬。

 昭和五十六年九月に出版されたもので日進町時代の書籍ですが、内容は現在でも十分通用します。

 内容は主に岩崎丹羽氏の歴史から丹羽氏が関ヶ原後に転封されるまでの歴史について。特に天正十二年(1584)年の岩崎城攻めの事や、その後の長久手合戦について詳しく書かれています。

 また武田茂敬氏の著書の特徴として非常に読みやすいものであり、丹羽氏や岩崎城に興味がある人にはサクサク読む事ができるでしょう。定価1,020円。

天守

 岩崎城の天守は模擬天守です。つまり当時存在せず、バブル期に建てられた天守。これには賛否両論ありますが、今では岩崎城のシンボルみたいな建物です。存在しなかった建物ではあるのですが作りが豪快で、記念写真を撮る時などは天守があった方が絵になるかもしれません。ちなみに中にも入る事ができます。入館無料。

 中はちょっとした展示と甲冑などがあります。

 屋上は展望台になっており、周辺を見渡すことができます。当時存在した建物ではないので、この景色も丹羽氏が見たものではないのですが、こうやって見てみると岩崎城周辺の地形やかつての街道などをチェックできます。

そして城外

 城外も見るポイントはありますが、難易度は少し高めです。まずはかつて城下町があったといわれている字市場。現在では住宅地になっていますが、細い路地がかつての街道、もしくは城下の道の名残があります。

 岩崎城の外堀跡。資料館の入口に岩崎城のジオラマがありますが、それを見るとくっきり分かる堀跡です。今では川になっていますが岩崎城の一部を取り囲む様に流れています。

私の感想

 岩崎城は全国区の城ではなく郷土史レベルの城ですが、城内には当時の遺構も残っており、愛知の城巡りを進めている方は是非チェックしておきたい城のひとつだと思います。所要時間は岩崎城単品なら約1時間もあれば十分でしょう。

 もし車で来城した場合は、菩提寺の妙仙寺や長久手市の長久手古戦場資料館(車で約10分)とセットにすれば、史跡巡りの満足度も上がると思います。

 あと毎年4月に岩崎城で祭りがあり、出店やスタンプラリ-もあるのでオススメです。

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