名古屋市千種(ちくさ)区の末森城址は、信長の弟・織田信勝(信行)の居城で、父である信秀が亡くなった城です。現在城址は城山八幡宮という神社になっています。
■末森城の場所の住所■
名古屋市千種区城山町2丁目88番地
末森城は織田信秀によって天文十七年(1548)に築城された城で、守山城と共に三河の今川氏に対する備えの城でした。信秀は古渡城から末森城に移りましたが、流行り病にかかり、末森城で亡くなっています。その後、織田信行が城主となりましたが、兄・信長との戦いである稲生原合戦で敗れ、弘治三年(1557)に清洲城で謀殺されました。末森城は翌年、廃城になっています。
この末森城址は個人的に好きな城です。なぜかというと、名古屋市の街中なのにかつての遺構が濃厚に残っているからです。では現在はどうなっているのか、詳細を見てみましょう。
電車と車のアクセス方法
末森城址の行き方を説明します。まずは電車編。末森城址最寄り駅は、名古屋市営地下鉄・東山線の覚王山駅(かくおうざんえき)、または本山駅です。覚王山駅なら2番出口、本山駅なら1番出口から出ると末森城址に近いです。駅を降りてからの所要時間は約15分ほど。
車でアクセスする時は、名古屋市千種区の城山八幡宮をナビで検索するか、城山八幡宮の住所をチェックすると行くことができます。末森城址の駐車場は、城山八幡宮の無料駐車場が利用できます。いくつかの駐車場があるので、正月の初詣の時以外はよほど停める事ができると思います。
城内
かつての末森城は現在城山八幡宮になっており、入口には鳥居もあるし一目で神社と分かる石碑も建っています。
これが城山八幡宮の境内案内図。よく見てみると周辺の森の中が空堀跡になっている事がわかりますね。
そして空堀跡
本丸周辺をかつての空堀が取り巻いています。これは東側の空掘跡。廃城になって数百年経っていますがかなりの深さと幅です。かつてはもっと深かったのでしょうね。堀跡の一部は中に入れます。これは本丸南側の空堀。ただ夏に訪れると藪蚊がいるので要注意です!
こちらは本丸北~西にかけての堀跡。堀からの高低差も城址を偲ぶ遺構のひとつです。私はよく甲冑着て、こういった高低差を見た時に『これって登れるの?』と考えたりします。実際には登る事はありませんが、城攻めを想定した時、もし自分ならこの城をどう攻めるか?そんな事を考えてみると、城の構造や防御の強い部分、そして弱い部分も分かってきます。
末森城の石碑
末森城の石碑。昭和二年に建てられたものです。城巡りは石碑を目標として訪れる要素が強いので、城址に石碑が建っていると助かります。
本殿
末森城のかつての本丸には、城山八幡宮の本殿があります。ご利益は合格祈願から厄除け、さらには恋愛成就と幅広いです。あと縁結びも有名です。
御城印
末森城址である城山八幡宮では、御城印(城の御朱印)も販売しています。いくつか種類があるのですが私のオススメは古地図が印刷されたタイプです。また期間限定の御城印もあるので、末盛城址に行くときは城山八幡宮公式サイトをチェックしてから行くと良いと思います。
所要時間と私の感想
私の感想ですが、この末森城址は織田信行、織田信秀ゆかりの城としてチェックしておくことをオススメします。信長公記にも出てきますし、なんといっても空堀が見ごたえありますよ。所要時間は30分前後くらいでしょうか。
駐車場もあるので車でも訪れやすい事と、地下鉄を利用する場合、東山線・覚王山駅、本山駅が最寄り駅になり、徒歩10~15分ほどで着くので、ドニチエコきっぷで訪れても良いですね。