名古屋市守山区小幡城址の見どころは甲冑で登れないエグい高低差!

名古屋市守山区の小幡城址は小牧長久手の戦いで、徳川家康が入城した城です。長久手で池田恒興、森長可を破った家康でしたが、羽柴秀吉が大軍で迫って来ている事を知るとすぐに撤退。小幡城に入りました。

すると秀吉も龍泉寺城(守山区)に入城。翌朝に両軍激突かと思いきや、家康が速やかに小牧山に戻り、結局両者の衝突は無かったのです。そんな徳川家康が入城した小幡城址は見ておきたいポイントがあります。それが高低差です。

■小幡城址の住所■

名古屋市守山区西城2丁目16

>>小幡城址の場所の地図

地図で確認

国土地理院地図の識別標高図で小幡城の高低差をチェックしてみます。すると右手の大地から細長く伸びた先端近くに城跡があるのが分かります。北~西にかけてはガクッと下がっているのが分かりますか?まさに崖っぷちの城です。

そして現地

小幡城址の北を見てみるとかなり下がっているのが分かります。ちなみに西は名古屋市立西城小学校。低い場所にあります。つまり北~西にかけては断崖絶壁の城でした。

北側を見てみるとこの眺め。当時の尾張は清洲が首都みたいなものなので、現在の守山区周辺はそんなに賑わっていた場所ではないと思います。だから建物もまばらで、村々がいくつか見え、田んぼが広がる風景だったのではと思います。今では建物ばかりですが、この風景のギャップも妄想を掻き立てますw

さらに下から見てみます。今では階段があり、上り下りも楽なのですが、当時はどんな傾斜だったのだろう?…城攻めする人は基本、足軽でも鉄の具足(甲冑)を着ていますので、今みたいにジーンズとスニーカーみたいな動きやすい服装ではありませんでした。なので余計に登るもの苦労します。

横と後ろはどうだ?

北と西は断崖絶壁で登れんというのは分かりました。では、東と南は?というと、これまた高低差に囲まれています。

小幡城址の南に名古屋市立守山中学校がありますが、その間に堀の様な堀切の様なくぼみが道路として通っています。もしかすると人工的に掘られた堀跡を道路に活用しているのかもしれません。

私の感想

私の名古屋市守山区の小幡城跡の感想ですが、遺構みたいなものは残っていないような感じがしますが、この高低差や堀跡?が楽しめる城址だと思います。自然地形を活かした城作り、このセンスをまるっと楽しむことができるんです。

時間と体力に余裕を持って、看板周辺の地形を楽しんでみると、ディープな城の味わいが分かると思います。これぞ城巡りウォーキングの楽しみでもありますね。

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