名古屋市守山区の織田信行の居城・龍泉寺城は龍泉寺というお寺だった!

愛知県では恵方巻きでも有名な尾張四観音のひとつ、名古屋市守山区の龍泉寺(りゅうせんじ)は、戦国時代の城跡という事をご存知ですか?

それが龍泉寺城(りゅうせんじじょう)跡です!←(そのまま!)

■龍泉寺城の場所の住所■

名古屋市守山区竜泉寺1丁目902

龍泉寺城の場所の地図

龍泉寺公式サイト

ではどんな城だったのかというと、龍泉寺城の歴史をざっと見てみると次の通りです。

・創建は延暦年間(728~806)といわれ、伝教大師・最澄によるもの

・信長公記によると弘治二年(1556)織田信行が龍泉寺(竜泉寺)を改造して城を築いた

・永禄三年(1560)桶狭間の戦いの前、清須城の北東を守備するため信長が一隊を龍泉寺に派遣

・天正十二年(1584)小牧・長久手合戦で小幡城の家康を討つため秀吉本陣となった

ざっと見ただけでもこれだけあります。

ここでスルドイ人は気が付いたと思いますが、竜泉寺城は寺の状態で城、もしくは本陣として利用されたという事。

普通、城跡に寺が築かれるケースが多い中、竜泉寺の場合は逆なんですよね。

では現在、その龍泉寺城跡の龍泉寺はどうなっているのか?

早速、行ってみました!

龍泉寺は現在でも普通に運営されている寺です。

龍泉寺では、誰でも鐘を突くことができますが…1打10円という有料制です。

なんと!境内の中に天守がある!!!

実はこれ、宝物館になっています。

中には円空仏をはじめ、龍泉寺に伝わる宝物を拝観できます。日曜・祝祭日のみの開館なので、平日は拝観できません。

龍泉寺には、秀吉が本陣を築いた時に堀られた一夜堀のほか、ちょっとした城の遺構も残っています。

しかし寺の外の区域にあり、現状は思いっきり竹藪。季節を選んで訪れましょう。

そして展望台からの眺め。

私の感想ですが、龍泉寺が戦国時代に度々、城や陣として利用されたのは、立地や交通の要所だったからだと思います。

なぜかというと、城や陣地というのは、街道を押さえた場所に築かれたものばかりで、龍泉寺城も交通の要所だったから、武将たちからも活用されたのではないでしょうか?

具体的にどんな街道があったのか?

その辺は街道学という、城郭研究とは別の学問ですが、城と街道は繋がった分野なので、これも興味がありますね。

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