信長塀だけじゃない!熱田神宮参拝とセット可能の8つの戦国史跡

愛知県名古屋市の熱田神宮は、三種の神器のひとつである草薙剣(くさなぎのつるぎ)をご神体とする神社です。

初詣はもちろん、子供のお宮参りや愛車の交通安全祈願など、名古屋市民だけではなく多くの参拝者があることで有名ですよね?

あなたも行った事があると思います。

ところで熱田神宮周辺には、戦国関連の史跡がゴロゴロしている事はあまり知られていません。

では一帯、どんな戦国史跡があるのか?この記事でまとめてみました。

ここで紹介する史跡は以前、私が講師を務める愛知ウォーキング城巡り倶楽部の散策会で訪れたこともあり、楽しく散策できる史跡ばかりです。

>>愛知ウォーキング城巡り倶楽部とは

では早速、チェックしてみましょう!

信長塀

まずは定番の信長塀。

これは永禄三年(1560)の桶狭間合戦時、桶狭間に向かう信長が熱田神宮で戦勝祈願し、見ごとに勝利したので、そのお礼に奉納した壁です。

ちなみに三十三間堂の太閤塀、西宮神社の大練塀とならび、日本三大土塀のひとつに数えられています。

ところで観光客の皆さまは、看板が建つところを写真で撮って満足しておりますが、信長塀は看板以外にも長~く広がっています。

現在ではかなり広範囲に広がる塀ですが、奉納当時はもっとあったのでしょうね。

真柄太刀

熱田神宮宝物館の入口に、なにやら長い太刀(たち)が展示してあります。

これは真柄太刀(まがらたち)といって、朝倉家家臣だった真柄十郎左衛門直隆(まがら じゅうろうざえもん なおたか)が使っていた太刀です。

元亀元年(1570)に起こった姉川合戦で、十郎左衛はこの太刀を振って奮戦。単騎で徳川軍に突入し、12段構えの陣を8段まで突破しましたが、朝倉軍は押され、十郎左衛門は戦場の露と消えました。

ちなみに十郎左衛門は身長が7尺(約210cm)、体重が250kgという大男といわれています。かなり長い太刀ですが、軽々と振り回していたのでしょうね。

この真柄太刀は宝物館のエントランスに展示してあります。

上知我麻神社

信長公記に記載がある神社で、織田信長が桶狭間合戦時に丸根砦と鷲津砦の陥落を確認した場所がここです。

信長公記には源太夫社と記載がありますが、それがこの上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)です。

しかしここで注意することがあって、現在の上知我麻神社は戦国時代と場所が違います。

昭和二十四年の国道1号線の工事で、現在地に移転しました。

ちなみにもともと上知我麻神社があった場所は、現在の場所より南に200メートルほどの場所です。

誓願寺

鎌倉幕府を開いた源頼朝が生まれた場所、つまり生誕地といわれるのが誓願寺です。

源頼朝の母は、由良御前(ゆらごぜん)といって熱田大宮司家の娘で、実家である熱田で頼朝を出産したといわれています。

その場所が誓願寺なんですね。

ちなみに後述しますが、幼少期の徳川家康(竹千代)も熱田で過ごした時期があり、その時にこの誓願寺に足を運んだこともあったのでしょうね。

■誓願寺の住所■

名古屋市熱田区白鳥2丁目10−12

誓願寺の地図

岡部又右衛門屋敷跡

安土城の造営に携わった熱田の宮大工・岡部又右衛門の屋敷跡です。

映画・火天の城では西田敏行さんが岡部又右衛門に扮し、話題になりましたよね。

その岡部さんの屋敷跡は熱田神宮近くにあったということで、現在のファミリーマート熱田白鳥三丁目店がその場所です。

ファミマの前に名古屋市教育委員会の案内看板が建っています。

ちなみに火天の城は、熱田の宮大工である岡部又右衛門が、信長の無茶っぷりで安土城を築くという、宮大工レベルの苦悩から見た戦国史です。

民放でも放送されましたが、まだ見たことがない人は、こちらでチェック!!(1分36秒)


■岡部又右衛門屋敷跡の住所■

名古屋市熱田区白鳥3丁目10

岡部又右衛門屋敷跡の地図

裁断橋

天正十八年(1590)の小田原攻めで息子である堀尾金助を亡くした母が、息子の菩提を弔う為に橋の架け替えを行ったのが裁断橋です。

しかし三十三回忌で母も亡くなってしまい、養子がその意志を継ぎ、裁断橋を架け替えました。その跡がこの地です。

現在では裁断橋も縮小されましたが、橋にあった擬宝珠(ぎぼし)は名古屋市の指定文化財になっており、現在では名古屋市博物館で保存されています。

ちなみにこの堀尾金助という武将は、国宝松江城を築いた堀尾吉晴の親族と伝わります。

■裁断橋の住所■

名古屋市熱田区伝馬2丁目5

裁断橋の地図

徳川家康幽閉地

徳川家康が竹千代時代に幽閉されていた場所も熱田にあります。それが熱田羽城といわれる加藤順盛屋敷跡です。

竹千代はここで過ごした時に信長に出合ったといわれていますし、近くの誓願寺二も参拝したのでしょう。

■熱田羽城の住所■

名古屋市熱田区伝馬2丁目13−4

熱田羽城の地図

熱田羽城について詳しくはこちら ⇒ 家康が竹千代時代に幽閉されていた名古屋市熱田区の加藤順盛屋敷跡

七里の渡し

江戸時代に整備された東海道は、現在の東京~京都を結ぶ街道でしたが、全て陸路ではなく、一カ所だけ海路がありました。

それが宮宿~桑名宿を結ぶ七里の渡しです。

厳密にいうとこれは戦国史跡ではありませんが、江戸時代の街道というこで、これもチェックしておきたいですね。

現在では宮の渡し公園として整備されており、熱田神宮からも歩いて訪れる事ができる場所です。

浮世絵にも描かれた宮の渡しは、現在でもその面影を残しています。

■宮の渡し公園の住所■

古屋市熱田区内田町

宮の渡し公園の地図

私の感想

私の感想ですが熱田神宮周辺には、これだけの戦国史跡、戦国スポットがあるので、熱田神宮参拝のついでにチェックしておくことをオススメします。

そのの理由は、有名で全国区レベルの史跡がたくさんあるからです。

今回紹介した史跡を全て歩いて巡っても約2時間くらいなので、熱田神宮と共に周辺の戦国史跡をチェックしてみるというのもアリですね。

特に地方からの観光旅行の場合、こういったディープな史跡を旅行に追加すると、旅行の質や思い出も増えるので是非オススメします。

おまけ

ちなみに熱田神宮の近くにはブックオフプラスという、大きなブックオフがあります。

私も度々訪れるブックオフなのですが、なぜこまめに行っているのかというと、戦国関連の本をチェックするためです。

結構、貴重な戦国本が、とんでもなくお値打ちで販売されています。

熱田神宮を訪れた時にはココもチェック!ですね!

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