桜の名所黄金堤は古戦場だった!西尾市吉良町鎧ヶ淵古戦場と善明堤の戦い

愛知県西尾市吉良町に黄金堤という桜の名所があります。

※黄金堤の読みは、こがねづつみ。

県道42号線沿いに20台くらいの駐車場と公衆トイレがあり、その周辺を土塁がぐるっと取り囲んでいます。

その土塁の上にたくさんの桜が植えられていて、道行く車はもちろん、ここでトイレ休憩や桜の時期になると花見やバーベキューを楽しむ人も多くいます。

■黄金堤の住所■

西尾市吉良町岡山鎧

黄金堤の地図

ところでこの黄金堤は、江戸時代に忠臣蔵で敵役として描かれている吉良上野介義央が築いた堤防で、それ以前の戦国時代には、善明堤の戦いが起こった鎧ヶ淵古戦場という場所でもあるのです。

西尾市では、何気なく桜を楽しむ名所なのですが、ディープな歴史があるんですよね。

今回はかつての合戦と、黄金堤が築かれた理由について説明しますね。

吉良氏VS松平の戦い

まずは戦国時代に起こった善明堤の戦いについて。

永禄三年(1560)の桶狭間合戦後、岡崎城で今川氏から独立した松平元康(後の徳川家康)は、織田信長と同盟を結び三河統一を目指しますが、そのためには三河の名族・吉良義昭を倒さなければなりませんでした。

吉良氏も新興勢力の松平氏に従うはずもなく、両者は激突します。

一進一退の攻防の末、永禄四年(1561)四月十五日、両者は現在の黄金堤付近で激突。吉良軍は敗走するフリをして松平軍をおびき寄せ、伏兵で反撃。

その結果、松平軍は大敗し、深溝城主・松平好景をはじめ多くの将兵を失いました。

合戦後、古戦場となった場所の淵から、戦で亡くなった将兵の甲冑(鎧)や武具が多く引き上げられたため、この場所を鎧ヶ淵古戦場と呼ぶようになりました。

ちなみにこの合戦で松平好景配下の武士が甲冑を掛けた鎧掛けの松と、好景が腰かけた蛇枕石というのがありましたが、明治時代以降の新道工事で枯れかけていた鎧掛けの松は取り除かれました。

蛇枕石は一部が近くにある瀬門神社に移されています。

この瀬門神社は、源頼朝が社殿を修理し、永禄四年(1561)には、松平元康(徳川家康)も東条城攻めの際に先勝祈願を行ったという歴史が残ります。

■瀬門神社の住所■

愛知県西尾市吉良町瀬戸宮西

瀬門神社の地図

吉良上野介が築いた堤

時代は流れ江戸時代。かつての鎧ヶ淵古戦場一帯は、大雨が降ると洪水がよく起こり、川筋もちょくちょく変わるという湿地帯でした。

そのために鎧ヶ淵古戦場の南にある吉良領(現在の西尾市吉良町)に住む領民は、洪水の度に田畑や家が流される心配があったのです。

そこで貞享三年(1686)、洪水に苦しむ領民たちを助けるために吉良義央(上野介)が私財を投じて、堤を築くことを考えました。

しかし堤を築けば、増水した水が西尾藩領に逆流するので西尾藩主は猛反発!でも吉良義央は毅然とした態度で交渉を続けます。その結果、

・工期は1夜だけ

・1度作った堤が壊れても2度と作り直さない

という条件で、堤防を作る事になったのです。

工事の日の夕暮れ。背なで山のふもとに集まった村人たちと工事奉行(工事の責任者)の斎藤金右衛門は堤防工事を始めました。

1夜で築いた分だけ許可される堤防なので、少しでも大きく、そして長く、さらに頑丈に堤防を築く必要があります。

村人たちは西尾藩主と交渉を続けてくれた吉良義央に感謝しつつ、黙々と作業を続けます。

記録によると、亥の刻(午後10時)頃にアヤシイ男たちが西尾の善明のからやってきて、役人に足止めされ、また善明の方へ帰って行くというハプニングもありました。

しかし村人たちはなんとか夜明けまでに堤を完成させようと、必死で作業に取り掛かります。

そして夜が明ける頃には全長約180m、高さ約4mの堤防が完成し、堤の完成を見回った吉良義央も涙を流して喜んだとか。これが今に残る黄金堤のオハナシです。

明治時代以降の新道開発や治水工事の時に、黄金堤の一部は取り壊されましたが、それでも現在にかつての堤防の一部が残り、公園化され市民の憩いの場になっているのはスゴイですね。

また忠臣蔵では敵役として描かれている吉良義央ですが、歌舞伎の世界ではともかく、彼の領地だった西尾市吉良町では、名君ということで、現在でも義央は『吉良さん』と親しみを込めて呼ばれています。

ちなみに堤防完成後、やはり洪水の水が西尾藩側に流れ込み、西尾藩が大変困ったという話もありますが(汗)

私の感想

この小金堤は西尾市の史跡巡りでも比較的チェックしやすい史跡のひとつです。その理由は小金堤から車で5分くらいのところに東条城があるからです。

つまり東条城や藤波畷(ふじなみなわて)古戦場とセットで巡ることができます。

また基本的には駐車場なので、トイレ休憩や史跡巡りの作戦会議、そして昼食なんてのもアリですね。

ということで西尾市吉良町に残る黄金堤は、戦国と江戸時代両方の史跡でもあるので、史跡巡りや花見のついでにも要チェック!ですね。

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